カテゴリ:僕と音楽( 7 )

Love Minus Zero/No Limit

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Love Minus Zero/No Limit


ボブ・ディランがノーベル文学賞に選ばれた。
世の中は、賛否両論。
まあ、そうだろう…。
グラミー賞とノーベル文学賞の両方で評価される人はいない。
でも、ミュージシャンであり、尚かつ文学者であっても、不思議はない。
 
さて、ディランの歌声を聴いても、心地良いとは言えない
しわがれ声で、ぶっきらぼうに歌う曲は、名曲とは程遠くに在るかの様だ。
しかし、編曲を施され、カバーされた曲を聴くと、意外にメロディーは美しく、作曲家としてのディランの実力を知る事になる。
 
写真は、5作目になる「Bringing It All Back Home」というアルバム。
その中の1曲に、「Love Minus Zero/No Limit」という題名の曲がある。「愛−0/限りは無い」…、謎の題名だ。
 
ひとつの愛を得る為には、いくつかの犠牲を払い、ある意味、引き算を強いられる。例えば、自分の時間だったり自由だったり…。しかし、この数式は、愛を得るのに、何も犠牲にしていない。分母は、限りなく、でもある。
ディランは、こう言いたいのか…。
「犠牲だと思う愛は、本当の愛ではない」と…。
 
そう、題名ひとつとっても、ある種のメッセージが潜んでいる。実は、解釈は自由なのだ。歌詞も、「詩」と呼べるものでもある。実際、ディランの歌詞は、一冊の分厚い本になっている。多くは、難解であるといわれる。英語圏の国でもそういう評価なのだから、日本語しか知らない僕には、直訳などでは、意味さえ分からない。訳詞も多く残されているが、解釈は様々だ。
 
ここに、ディランの詩が、文学の範疇に入れられた理由があるのかも知れない。
 
さて、当の本人は、まだコメントをしていないという。
60年代、プロテストソングの旗手とか、時代の代弁者などと崇められたことを嫌がっていたという彼は、他人の評価と自分との乖離を自覚していたのだと思うが、今度は、どうなんだろう?
 
ジョン・レノンの作詞活動に影響を与え、ジョージ・ハリスンとは生涯の友情を温めあった。本人の意志とは関係なく、偉大な存在になってしまったことは、案外、幸せなことばかりでもないのかも知れない。
 
Love Minus Zero/No Limit
 
多くの人が、カバーしている。
その中で、僕のお薦めは、ウオーカーブラザーズとロッド・スチュアート。
ディランのオリジナルを聴いたことがある人は、「同じ曲なのか!」と、驚くことでしょう…。
 
https://www.youtube.com/watch?v=DZVg839OjVo
 
https://www.youtube.com/watch?v=ETtZZHSgdbg

by meo_7 | 2016-10-15 15:44 | 僕と音楽 | Comments(0)

Paul is live(ポールは生きている)

今更だけど、ビートルズのポールは死んでいる、という話があったね。1969年の秋だった。謂わば、都市伝説となったわけだけど、ポール自身は、正式に反論なり、コメントを出さなかったように記憶している。当時は、解散風が吹き荒れていて、それどころじゃなかったのかも知れない。
 
その謎が解けたのが、1993年に発表された「Paul is live」というアルバムだった。ポールのライブアルバムだ。
 
ポール死亡説のひとつに、「アビーロード」のジャケット写真の説明がある。
ポールだけ裸足だとか、その足も、ポールだけ右足が前になってるとか、左利きなのにタバコを右手で持っているとか、なにか、色々と意味深だと思わせる説明が、多々あった。
あげくは、ジョンの白い服を牧師、リンゴーの黒い服を会葬者、ジョージのジーンズスタイルを墓堀人に見立てている、だとか…。
極めつけは、駐車しているフォルクスワーゲンのナンバーが「28 IF」となっているのを、「もし、ポールが生きていれば28歳だ」という意味だと…。
 
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さて、ポールの答えは、パロディ満載だった。
 
アルバムタイトル「Paul is live」は、そのまま、「ポールは生きている」と断言している。勿論、ライブアルバムという意味でもある。
今度は、ちゃんと靴を履いているし、左足を踏み出している。ご丁寧に、犬のリードは、左手で持っている。
そして、やはり、フォルクスワーゲンは同じ場所に駐まっている。でも、ナンバーは、「51 IS」となっている。「いま、51歳だよ」という意味だ。
 
ビートルの面々は、ユーモア溢れる人たちだった。面目躍如のアルバムが、「Paul is live」だ。僕は、このジャケット写真が見たいだけで、レコードを買った。でも、そのレコードは、行方不明になってしまった。(掲載のジャケット写真は、CDのもの)
 
ちょっと、残念…。
 


by meo_7 | 2015-12-14 20:19 | 僕と音楽 | Comments(0)

THIS IS IT

予約注文していた「THIS IS IT」が、届いた。

僕が、マイケルのファンだったかというと、「そうでもなかった」と、答えるだろう。
勿論、有名なムーンウオークに代表される様な、「ビリー・ジーン」などは、好きな曲だったし、実は、マイケルは、バラードの得意な歌手であることも知っていた。

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そんな僕が、初めてマイケルを身近に感じたのは、「WE ARE THE WORLD」の企画だった。
完成されたビデオは、メイキングを含み、彼の人柄の一面をも映し出されていた。
唯のダンシングボーイとは違うのだなあ、との印象が残った。
まあ、それ程までに、彼のダンスは、素晴らしいのだけれど…。

しかし、僕は、それ以上に深入りしなかった。
2009年9月のある日、NHKで放映された、ステージのライブ映像を見るまでは…。
それは2001年9月、マジソンスクエアーガーデンにて催された、30周年記念のコンサートだ。
それが、実は、生前の最後のコンサートになってしまった。
突然の死を迎えた彼の不幸は、こうして、追悼放送という形で、僕の目の前に、彼のステージの姿を顕わにするのだった。

圧巻だった。
特に、「ビリー・ジーン」が、素晴らしい…。
ミディアムテンポの曲は、僕の好みもあるのだろうけど、彼を有名にしたと言われる、そのダンスが、素晴らしい。
ムーンウオーク、マリオネットなど、彼の真髄が網羅されている…。

さて、僕は、こうなると、凝り性だ。
早速、公式にリリースされたライブ映像を探し回る。
海賊版は多いけど、公式なものは、意外に少ない。
こうして、「ライブ・イン・ブカレスト」を手に入れる。
1992年のライブ映像だから、マイケルが、最も活躍していた時期のものだ。
これは、当時の観客たちの熱狂振りも、克明に映し出されていて、その時代を共有したような気がした。
この頃、既に、マイケルは、「環境問題」に、関心を持ち、それを歌にしている。
「Heal The World」、「Man In The Mirror」の絶唱では、会場に涙が溢れているような気さえする。

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そして、「THIS IS IT」を、見終わった。
彼が死んでしまったからこその、リハーサル風景の映像が、届けられたのだろう…。

悲しい事と引き換えに、彼の命と引き換えに、マイケルのメッセージは、永遠のものになったと思ったのは、僕だけでは、無いだろう…。

Heal The World…。

世界に、癒しを…。
by meo_7 | 2010-01-27 16:26 | 僕と音楽 | Comments(0)

GOOD EVENING NEW YORK CITY

ポール・マッカートニー…。
言わずと知れた、いや、僕の世代に限りだけど、ビートルズの一員だ。
ビートルズは、既に、二人しかいない。
ジョンは凶弾に倒れ、ジョージは病に倒れた。

2009年7月、ポールは、ニューヨークにいた。
そこは、1965年、シェア・スタジアムで開催された、史上初めてのスタジアム・コンサートが行われた場所だ。
とは言っても、曾てのシェア・スタジアムは無く、近くに建造されたシティ・フィールドという場所だ。
そこで、行われたライブ映像が、「GOOD EVENING NEW YORK CITY」と名付けられたDVDに収められた。
今、見終わった…。

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2007年に発表された、「追憶の彼方に」というアルバムがある。
ポールは、そのアルバムで、ビートルズサウンズを彷彿させる音と歌声を録音した。
その時に予感していたものが、今、分かった…。

ジョンを失い、ジョージを失い、そして、最愛のリンダをも失ったポールは、いったい、何処へゆくのか…。
この日、シティ・フィールドのステージに立つポールが手にしていたものは、何と、シェア・スタジアムで、ビートルズの一員として参加していた時と同じ、へフナーのベースギターだった。
そう、使い古した、あの日と同じベースギターなのだ。

オープニング・ナンバーは、「ドライブ・マイ・マイ・カー」…、ビートルズナンバーだ。
60歳を過ぎたポールだけど、その衰えは、微塵も感じさせない。
「ブラックバード」でマーチンのギターに持ち替えて、続く曲は、ジョンを歌った、「ヒア・トゥデイ」だ。
ポールも、何かを思い起こす様に、しんみりと歌う…。

ビートルズナンバーを織り交ぜて、何曲か過ぎると、今度は、ウクレレを手にして登場だ。
ジョージの最後のアルバムで、実は、ジョージがウクレレの名手であることも分かっていたので、ジョージの曲でも歌うのかと思った。
そう、ジョージの名曲、「サムシング」が、歌われた。
もう、 僕の目頭は、涙で溢れそうになっている…。

そして、ジョンの「ア・デイ・イン・ザ・ライフ」が歌われ、何と、「平和を我らに」と続き、大合唱になる…。
これは、ビートルズナンバーではない。
ジョンと別れた後に、ジョンがソロで歌った楽曲なのだ。

ポールは、一切の過去を、本当に、過去にしてしまった。
ポールが帰ってきた場所は、1965年の、若き青春の時代なのかも知れない…。
ステージに、ジョンやジョージ、リンゴーの、懐かしい顔が映し出される…。
この日、ポールは、ビートルズの一員として、ステージで歌いまくり、郷愁を感じていたのだろうか…。

最後の曲が歌われる…。
「アビーロード」の最後を飾る、ビートルズとしての最後の曲…、「ジ・エンド」。

And in the end
The love you take
is equal to the you make

♪〜そして最後に
  君が受け取る愛は
  君がつくる愛に等しいのさ〜♪
  


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やっぱり僕は、ビートルズ世代だ。


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by meo_7 | 2010-01-26 21:26 | 僕と音楽 | Comments(3)

With Or Without You

12月の8日と云えば…、
1980年のこの日、ジョン・レノンが凶弾に倒れた日。
そう記憶するのは、ビートルズ世代の証だろう…。
もう少し遡ると、太平洋戦争開戦の日…。
日本は、平和だと云うが、それは、戦争に塗れていないだけで、日々平穏かと問われると、そうでもない事に気付く…。
若者に、生きる希望も与えられなかった大人たち…。
いつになったら、若者たちは、ゲバ棒を振り上げて闘いを挑んでくるのだろう…。

先日、U2のBONOが、テレビ画面の中に現れた。安倍総理との面会シーンだったけど、本当の修羅場を生きているBONOの圧倒的な存在感の前では、我が総理大臣も小さなものだ。

僕がU2を初めて聴いたのは、耳からだけでは無く、映像も一緒だった。
「魂の叫び」と名付けられたビデオだ。
名前だけは知っていたU2…。音楽を通じて、どんなメッセージを送っているのかも知っていた。
衝撃の映像だった。曲の合間に挿入されるインタビューの一コマで、彼らの素顔が垣間見られる。過激なイメージは覆され、物静かに語る言葉に、その重さを感じ取られるのだった。
今でも、お気に入りのアルバム、「THE JOSHUA TREE」は、その時に手に入れた。

With Or Without You

君がいても、いなくても…

強い意志を感じさせるこの詩の意味を、僕は、未だに、本当の理解が出来ていない…。

♪〜石が君の目に
  トゲが君のわき腹に
  ぼくは君を待つ

  よじれた運命
  針の床で ぼくを待たせている
  ぼくは待つ 君がいなくても

  君がいても いなくても


  嵐の中をたどり着く
  ぼくは もっと求めている
  ぼくは君を待っている

  君がいても いなくても


  生きられない
  君がいても いなくても

  君は姿を現した
  君の正体を

  ぼくの手は縛られ
  ぼくの身体はアザだらけ
  もう得るものも
  失うものもない

  きみがいても いなくても
  生きて行けない


  夏の夜に
  ぼくらの星を売る

  冬の明かりに
  ぼくらの星を売る
 
  ひとつの心
  ひとつの希望
  ひとつの愛

  君がいても いなくても
  生きて行けない
  君がいても いなくても〜♪


僕は、まだ、BONOの心に、辿り着けないで、いる…。
by meo_7 | 2006-12-08 02:24 | 僕と音楽 | Comments(2)

断絶

1972年の或る夕方、僕は、まどろむ…。
部屋の中では、FM放送が流れている…。
聴いている訳では無い、聞こえてくるだけの旋律…。
在り来たりの光景だったのだと、思う。次の曲のイントロが始まるまでは…。

突然の、ドラマチックなピアノとドラムスの音、妙に澄んだ歌声が語りかけてくる…。
歌詞の意味など掴めないまま、楽曲は間奏に入る。
圧巻の演奏だ。啜り泣く様なエレクトリックギターの音色が迫り来る…。
最高潮の盛り上がりを見せた後、再び、ピアノとドラムスの印象的な伴奏と、歌声…。
そして、

♪〜行かなくちゃ
    君に会いに行かなくちゃ
    傘がない…

そう叫びながら、フェードアウトしてゆく洪水の様なサウンド…。

ラジオの番組は、次の曲を紹介し、何事かしゃべっている…。
まるで、この曲の一節の様に…。
しかし、僕は、僕を覚醒させたこの曲が、僕の何かを突き動かしている事に抵抗出来ないでいる。

僕は、自転車に飛び乗り、行きつけのレコード店の在る街まで突っ走る。
でも、ふと気付く訳だ…。
「何という曲? 誰が歌ってるんだ?」
そう、聞き流していた解説など、記憶の片隅にも残っていない…。
店の主人とふたりで、とにかく、「傘がない」という詩の一節だけを頼りに、片っ端からレコードの歌詞カードを拡げ、探すだけだった。
果たして発売されているのかさえ分からない。
店の主人が知らないのだから、ヒットしている曲でもないのだろうし、シングルで発売されてもいないのだろう。
行きつけの店でもなかったら、こんな真似は出来ない。

どれほど探した事だろう。
店の主人が、
「これじゃない?」
と、手にしてきた歌詞に、確かに、「傘がない…」と書かれている。
アルバムの最後にクレジットされている。
真新しいレコード盤に、そっと針を置く…。
紛れも無く、ついさっき耳にした曲が、店内一杯に流れた。

夕闇迫る帰り道、僕の腕の中には、「断絶」と名付けられたLPレコードが抱えられていた。
無理して買ったダイヤトーンのスピーカーから、一曲目の「あこがれ」のイントロが流れる。
最後の「傘がない」まで、一気に聴いた…。
衝撃の瞬間だ。
フォークソングに明け暮れていた僕が、初めて触れた、後に、ニューミュージックと分類されたサウンドとの出会いだった。

後に分かる事だったけど、「衝撃」には理由が在った。
井上陽水、というシンガーは、やはり、ビートルズに影響を受け、音楽の原点はそこに在るという事だった。
彼もまた、都会で暮らし、安保闘争の時代を過ごし、ボブ・ディランを象徴する反体制運動の真っ只中、麻雀に興じて、酒を呑み、束の間の恋を探す…。
そんな世の中も自分自身さえも混沌の時代、ギターを片手に曲を作り、自分の人生を占う…。
そんな青春だったのだろうか…。

「傘がない」
この曲は、The Beatlesの"A day in the life"の歌詞の一節、"I read the news today, oh boy"からインスパイアされているという。
確かに、「断絶」と名付けられたアルバムそのものが、何処か、“Sgt.Peppers Lonely Hearts Club Band”で位置付けられた、トータルアルバムという形式の様な気がする。

その後、井上陽水は、「夢の中へ」でヒットを飛ばし、アルバム「氷の世界」で、不動の地位を確立するが、僕にとっての最高傑作は、この「断絶」である事を疑わない。
鳴かず飛ばずの「アンドレ・カンドレ」の時代を経て、「井上陽水」で再起を期した一作目。
その不思議な程に奇妙なタイトル、「断絶」…。
彼は、そのタイトルに、「アンドレ・カンドレ」との決別を表していたのかも知れないと、思った…。

今も、そのレコードは、部屋の壁に飾られている…。
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by meo_7 | 2006-11-10 04:08 | 僕と音楽 | Comments(2)

Cyndi Lauper

シンディ・ローパー。
古すぎるかねえ。
80年代に一世を風靡したポップシンガーだけど、僕にとっては古くないのだ。
レコードも勿論持っているけど、CD化された総てを揃えている。
しかし、彼女のパフォーマンスは、ビジュアル抜きで愉しむのは、その魅力を半減させると思うのだ。
再び、しかしだ、彼女のライブパフォーマンスが見られるビデオ映像で、正式にリリースされているのは、「ライブ・イン・パリ」しか無い。
セカンド・アルバムの「トゥルー・カラーズ」が発表されてからのツアーの模様が映し出されているそのパフォーマンスは、シンディー・ローパーの絶頂期の凄さを見て取れる。
ステージ一杯に踊る、あの独特のダンシングも魅力だけど、しっとりと歌い上げるハイトーンボイスの、ある種、凄まじさに、僕は、鳥肌がたったものだ。
そして、アンコール最後の、アカペラで届けられた、「トゥルー・カラーズ」は、流れる涙を抑えきれないでいたっけ…。

♪〜True colors are beautiful,
  like a rainbow.

さて、先頃、数年前のライブDVDを手に入れた。
「At Last」と、名付けられたステージに現れたのは、波乱の人生を積み重ねた、すっかりと大人になったシンディーだった。
勿論、破竹の勢いを誇った頃のパフォーマンスは表せない…。
それでも、あのファニー・フェイスの片鱗を見せて、愛くるしい笑顔を見せた時、ニューヨークの観客は、安堵の歓声を送る…。

「トゥルー・カラーズ」という曲を発表した時、シンディーは、エンターティナーとして生きる事を止め、自らの道を選び、アーティストの道を選んだのではないのかと、僕は思う。
ヒット曲を創り、虚構の自分を演出しなければならない程の、アメリカンドリームの真っ只中で、きっと、シンディーは、自分を失い掛けていたのだろう。

確かに、スターダムからは遠ざかっていった…。
それが、何だって言うのだ。
そう思わせる程に、「At Last」のシンディーは、輝いていた…。
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by meo_7 | 2006-11-08 20:50 | 僕と音楽 | Comments(0)


時々、想うこと…


by MIURA@オイちゃん

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