ニペソツ山 幻の花(2015/8/2)前編

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前天狗より天狗岳の向こうに、ニペソツ山
 
 
ママが、天塩岳かニペソツに行きたい、と唐突にいう。ママは、最近山に登っていないので、この申し出を断るにはいかないと思っているけど、僕は、下界の暑さや、先日のアポイ岳で、多少疲れ気味だった。僕はニペソツを選んだが、山自体の登高も厳しいし、アプローチのドライブも長い。しかも、2回ほど前天狗までしか行っていない。そこで力尽きるのだ。いや、精神力が切れるのだ。その訳は、下山の過酷さにある。激しい登り返しが幾度か待っているのだ。果たして、僕たちは、ニペソツの頂きに到達出来るのか…。





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出発の準備
 
 
前夜10時過ぎに登山口に着き、車中泊をする。翌朝、5時過ぎに目覚め、出発の準備をする。既に車は、林道沿いにも駐車されていて、続々と歩き出している。本当は5時頃に出発したかったが、寝過ごしてしまったのは、長距離ドライブの所為だろう…。
 
準備を終える頃、ひとりの女性と挨拶をする。見覚えがあると思っていたら、彼女の方から名乗ってくれた。通称ヒロポンという、山も花も大好きな女の子だ。
 
「○○○見に行くんでしょ?」と訊ねると、ニッコリと笑って、
 
「そうなんです。見付けられるといいけど…」
 
(※ 伏せ字なのは、幻の花というタイトルを付けた手前、前編では勿体を付けますが、興味のある人には分かってしまいますね。)
 
「一緒に行きませんか?」と誘われるけど、
 
「ダメダメ、おじさんたちと一緒だと、ピークに辿り着くかどうか分からないよ。でね、もし見付けたら、擦れ違ったとき、教えてね。頑張るから…」
 
そんな会話を交わし、彼女は先行した。本当なら一緒に歩きたかったけど、僕たちは、既に足手まといになるに決まっている。
 
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キソチドリ
 
 
ニペソツが苦手だ。その理由は、いきなり始まる急登だ。樹林内を延々と登る登山道は、退屈で長い…。林内に咲く数少ない花を撮影するときが、少しばかりの慰めになる。しかし、その風景は、何時までも変わらない…。
 
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アリドウシラン
 
 
黙々と歩き、2時間弱で1500標高の尾根上に出る。暫く、平らな道が続き、木々の間から、少しの展望も開ける。小天狗が近付いたことが分かるのだが、それは、まだ、ほんの序の口にしか過ぎないことは、よく分かっている。再び、道は斜度を増し、小天狗に向かう…。
 
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標高1500辺り
 
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ウペペサンケ
 
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通称、おっぱい山(ピリベツ、西クマネシリ)
  
 
小天狗には、唯一の岩場がある。へつるか乗り越すかという選択に悩む人たちも見掛けたりする。へつりは怖いが、実は簡単だ。それは技術的にという意味で、怖さが解消されるわけではない。それを過ぎると、天狗のコルまで一旦下る…。このルートには、この、「一旦下る」という場面が幾度か登場する。これはつまり、帰路に於いては、「登り返す」という言葉に置き換えられるわけだ。そして、それは、あの頂きに立ちたい、とか、あの花に会いたい、という目的は達成された後なので、頑張る理由を、他の何かで補うしかないのだ。それは、温泉に入りたい、だったり、冷たいビールを飲みたい、とか、旨いものを喰いたいというような、少しばかりというか、全く以て山とは関係ないものに置き換えられる。そんなことを思いながら登る僕は、既に、ニペソツという山に、負けているのだ…。
 
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一旦下ります
 
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そして、こんな風景が待っている
 
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ズーム
 
 
天狗のコルに向かう道は、いっとき、展望が開ける。背後に黒く怪しげに見えるのは前天狗の辺りだ。目を凝らすと、その道筋が、山肌を縫って見える。本峰は、まだ見えない。一筋縄ではいかないことは、容易に分かるのだ。
 
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ミヤマホツツジ
 
 
天狗のコルは、キャンプ指定地になっているが、水の確保は、雪渓が残っている時季に限られる。当然、8月の今は、水は得られないので、担ぎ上げるしかない。コルの辺りは、雪解けが遅いので、お花畑が展開している。しかし、展望は殆どないので、テン場としての魅力はない。
 
コルを過ぎると、道は右に折れ、斜上してゆく。這松帯からミヤマハンノキの灌木帯になる。そこを抜けると、一気に展望が開け、岩が露出した場所に出る。そこからは、目の前に石狩連峰が並び、視線を左に移すと、大雪山の全景が見えてくる。視界が良ければ、トムラウシも見えるのだが、今日はあいにく、霞んでしまっている。
 
再び、這松帯の急登に入り、そこを抜けると、やっと、高山の雰囲気を楽しめる道が始まるのだ。
 
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這松帯の急登
 
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ミヤマアキノキリンソウ
 
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何というアザミでしょう?
 
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やっと高山の趣です
  
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石狩連峰
 
 
急登を終えると、山腹をトラバースする風光明媚なプロムナードになる。霞んでいなければ、大雪山も全景が見えるはずだ。今日は、そうした風景に興味がない。何度も見慣れた所為もあるのだろうけど、実は、時間も気になっているのだ。天狗のコルまで、ほぼコースタイムで歩いてしまった。今の僕が、コースタイムで歩くということは、頑張りすぎている、ということに等しい。蒸し暑さもあって、少々熱中症気味かも知れない。バランスが悪く、足が重くなってきた。ママのペースに追い付かなくなってきたのが分かる。
 
プロムナードのはずが、結構な消耗戦になった。前天狗の僅かな登りも辛くなる。そして、待望のニペソツの雄姿と対面する。やはり、圧倒的な存在感だ。ここに辿り着いて、これが見られるかどうかでは、天と地の差ほどの違いがある。ニペの頂上に立つことよりも、この光景を見ることの方に重きを置く人も多い。
 
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ニペソツ山、ご対面

 
この光景の中で、珈琲を飲む。ママが、唐突に、
 
「どうする? ここで止める? パパ、辛そうだから…」
 
確かに、そうなのだ。ここからも、大変な道のりが待っているし、もっと大変な帰路も待っている。しかし…、
 
「いや、行くよ。ヒロポンに会わなくちゃ。何処かで擦れ違うだろ? そこで情報を聞こうよ。もし、咲いていたら、頑張るし、ダメだったら、そこで戻ろう」
 
というわけで、久し振りに、天狗平への登山道を辿った。ここも、所謂、一旦下る、という道だ。だから、アップダウンの度に、ニペソツの本峰は、見え隠れするようになる。
 
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天狗平に向かいます
 
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手前のポコは天狗岳
 
 
天狗岳はピークを辿らずに、トラバースして抜ける。こちらから見ると、天狗岳は、小さなポコにしか見えない。しかし、このトラバースを抜けると、大下りが待っている。最低コルから見上げても、ニペの本峰から見渡しても、実は、天狗岳は大きな山塊だと分かるのだ。その現実を、戻るときに、知らされることになるというのが、この山の本質なのだ。
 
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天狗岳の山腹をトラバース
 
 
トラバースをしながら巻いてゆくと、再び、ニペソツが姿を現す。と同時に、一旦下る、と簡単には言い表せないほどの、大下りの道が見えてくる。それと同時に、もう遮るものは何もないニペソツの山容が顕わになる。元気の良い人なら、ここで一段と登高意欲が増し、さあ行くぞ、ってな気持ちになるのだろうが、僕は違う。どうも、この山は、どうしてもネガティブな思考回路になるようだ。
 
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いよいよ、眼前に迫る
 
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大きく下ってゆきます
 
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もう、何も遮るものはありません
 
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まだ下っています
 
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コマクサ
 
 
最低鞍部が近くなると、コマクサが咲いていた。この辺りには、初春にはツクモグサも咲く。ニペソツは、大群落という景観は、表大雪などより劣るが、花の種類だったら負けてはいない。
 
これを下りながら、僕は、愚痴をこぼす。
 
「ママ、ヒロポンと何処で擦れ違うかね。見付けられなかった、と言ってくれたら、おれたちも戻れるね。そう言ってくれないかな…」
 
などと、滅茶苦茶なことを言い出す。これは、もう正気ではないな。人の不幸と引き換えに、僕の安泰を考える。人格が崩壊してゆく音が聞こえるようだ。
 
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天狗岳の大下りを振り返る
 
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リンネソウ
 
 
最後の登りに取り掛かり、息切れ、鉛のようになった足を引きずり、意識も遠のいてゆくような感じだ。そんな折、ママが、誰かと話をしている声が聞こえてきた。勿論、ヒロポンである。その笑顔に満ちた顔を見て、総てを覚った。幻の花に、出会ったのだ。
 
「オイちゃん、レンズ、何を持ってきたの?」
「えっ? 何って、標準ズームだけど…」
「わたし、300ミリ持ってきたから。同じニコンだから使えるでしょ?」
「えっ? 登り返すってこと?」
「そう、もう一度、一緒に行くわ」
 
疲労困憊の上に、こんな訳の分からない会話…。それでも、やっと正気を取り戻し、
 
「何言ってるの。これからおじさんたちに付き合ったら、帰るの遅くなるよ。何とか見付けるから、いいよ」
 
と、丁重に断るも、彼女は、僕たちをエスコートすることに決まった。ママは、先程の僕の愚痴の告げ口をしているに違いない。しかし、その言い訳をするために追いつける脚力はなくなっていた。ふたりは、親子のように、孤高の頂きへと向かい、遠ざかってゆく。時折、ヒロポンが振り返り、手を振ってくれている。それを励みに、ナキウサギの住処のトラバースを終え、左に折れる。それは、頂きへ続く、一本道の始まりだ。長い、長い、片道が終わろうとしている…。
  
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ふたりは、既に到着しています
 
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長かった…
 

ヒロポンが登り返したということは、既に、お分かりのように、幻の花は咲いていたということです。そして、その場に、僕がいるということは、いくつかの奇跡が積み重ねられたという偶然にしか過ぎません。天真爛漫で無邪気な笑顔のヒロポンに出会わなかったら、僕は、間違いなく、途中で戻っていたと思うのだ。
 
そして、遂に、出会うのだった。幻の花と…。
 
(後編に続く)

by meo_7 | 2015-08-03 23:39 | 登山(山岳徘徊倶楽部) | Comments(4)
Commented by おかだ at 2015-08-04 00:03 x
相変わらずおもろい文章だ
Commented by meo_7 at 2015-08-04 04:34
おかでぃ、だよね?
文才のあるおかでぃに「おもろい」と言われると、励みになるなあ。ありがとう。
Commented by こざる at 2015-08-04 13:45 x
ヒロポン万歳。引っ込みがつかない、ってやつですね(^_-)後編は幻に万歳かな~♪
Commented by meo_7 at 2015-08-04 15:25
こざるちゃん、ホント、ヒロポン様々です。
問題は、「やる気」だったのだと、教えられました。


時々、想うこと…


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